ドリームキャスト


Free Web Hosting with Website Builder
ドリームキャスト
コントローラのマークが青いバージョン
メーカー セガ・エンタープライゼス
種別 据置型ゲーム機
世代 第6世代
発売日 日本の旗 1998年11月27日
アメリカ合衆国の旗 1999年9月9日
欧州連合の旗 1999年10月14日
CPU 200MHz Hitachi SH4 RISC
GPU PowerVR2 CLX2
対応メディア GD-ROM
CD
対応ストレージ ビジュアルメモリ
メモリーカード4X
売上台数 日本の旗 約245万台
世界 約1,045万台
最高売上ソフト 日本の旗 シーマン
アメリカ合衆国の旗 ソニックアドベンチャー
互換ハード CX-1[1]
前世代ハードウェア セガサターン
  

ドリームキャストDreamcast)とは、セガ・エンタープライゼス(現:セガ)が発売したコンシューマビデオゲーム機である。一般にはDCドリキャスの略称で呼ばれる。全世界累計出荷台数は約1045万台、うち日本での出荷台数は約245万台である。

ソニープレイステーションに劣勢を強いられていたセガサターンに代わる社運を賭けた次世代機として投入された。同世代のゲーム機は「ニンテンドー64」と、本機より後に発売された「プレイステーション2」などが挙げられる。本機以降、セガは家庭用ゲーム機生産を終了しており、事実上セガの最後のゲーム機である。

目次

ハードウェア

外装はプラスチックのみで構成され、天板にはロゴマークの「渦巻き模様とDreamcast」、本体真正面中心に「SEGA」同じく右側には「Windows CE」のロゴがそれぞれプリントされている。また、ゲームソフトを挿入するドライブのフタは上に開く。本体には正面から見て左側に電源ボタンと、右側にフタを開くボタンがついており、電源が入ると中心の三角形の部分がオレンジ色に点灯する(ただしフタの部分の半透明のパーツは単に装飾としてノリ付けしてあるだけのため光らない)。右側面に一か所、背面に一か所、底面に三か所、それぞれ排熱用の通気口が設けられ、後方左側面には初期装備のモデムが搭載されている。

コントローラポートは前面に4つあり、分配器を用意しなくても同時に4個までコントローラなどのデバイスを接続できる。また背面にはシリアルコネクタが1つある。当時はまだUSB接続形式の機器はマイナーな部類だったため、それ用の接続ポートは存在せず、キーボードやマウスは専用のものが発売された。

映像処理用のチップが2つ搭載されていたという特異な設計のおかげでコスト高に悩まされたセガサターンに対する反省と、ライバルの初代プレイステーションを研究した結果、日立製作所が新開発したCPU・SH-4と、NECのグラフィック描画エンジンPowerVR2を採用し、3DCG処理に特化したシンプルな設計になっている。

ソフトウェア供給媒体は、ヤマハと共同開発した、倍密CD-ROMとしての機能と、同等形状で1GBの容量を持つ独自規格GD-ROMを採用した。その他でGD-ROMを再生する機器はアーケード用ゲーム機以外ではほとんど存在せず、事実上ドリームキャスト用ゲームソフト専用規格のディスクとなった。

グラフィックスエンジンは3Dに特化したものだったが、この頃になると、ゲーム機はハードウェアによる実装をせずとも十分な2D機能処理能力を有するようになっていたため、2Dゲームも多くリリースされた。

他機種にはない機能として、対応したゲームに限られるものの、オプション製品の「VGAボックス」を使用してパソコン用のディスプレイに接続し、31KHz出力のVGA解像度画面でゲームをプレーすることができた。また、この「VGAボックス」はS端子に接続する機能も搭載されており、スイッチによりパソコンのディスプレイとTVからの出力を切り替えることができた。

本機を象徴する最大の特徴として、通信用のアナログモデムを標準搭載した点が挙げられる。過去にもインターネットや通信衛星を介したネットワーク接続機能を搭載したゲーム機は存在したが、それらはいずれも基本的に別売で、通信システムを初期装備しているゲーム機としては史上初である。

ドリームキャスト初期装備のモデムの最高通信速度は日本国内向け純正品の場合33.6Kbpsで、本体からの着脱が可能だった。その後、モデムと交換して使える100BASE-T仕様(ただしソフト側では10BASE-Tでしか使われなかった)のLANアダプタ・「ブロードバンドアダプタ」も通販専用品ながら発売された。

これらが、同時期に発売されたニンテンドー64や、プレイステーション2よりもコンパクトな筐体に搭載されているが、見かけによらず重量はけっこうあり、中身がギッシリと詰まった印象を受ける。また、それまでのゲーム機と比較しても、放熱と駆動音がものすごく大きく、狭い場所や熱のこもる場所では、温度もかなり高くなるため特に排気には十分に気をつけなければならなかった。

今までのゲーム機とは異なり、後付の大きなオプションや、本体性能を底上げするツール(メガドライブで言うところのメガCDスーパー32X、ニンテンドー64の拡張パック等)は一切発売されず、前述したブロードバンドアダプタも必需品ではないため、あくまでドリームキャスト本体と、後述するゲームコントローラ用拡張スロットオプションのみですべてのゲームを再生する事が可能である。

仕様と性能

  • CPUSH-4(200MHz/360MIPS)
  • RAM:16MB
  • VRAM:8MB
  • サウンドRAM:2MB
    • サウンドエンジン:YAMAHA スーパー・インテリジェント・サウンド・プロセッサ、32bit RISC CPU(ARM7 AICA 45 MHz)内蔵
    • サウンド機能:ADPCM 64ch
  • ジョイパッド接続端子4個、パッド1個付属
  • GD-ROMドライブ 1基(最大12倍速)
  • モデム : V.34 (33600bps) 、V.42 MNP5までフルサポート(ブロードバンドアダプタなどへの付け替えが可能なリムーバブル方式)
  • OS : Windows CE(カスタムバージョン) - OSを利用するかどうかはソフトベンダー次第。Windows CEを利用したソフトの場合、起動時にWindowsロゴマークが表示される
  • シリアル端子 1個(対戦ケーブル・ネオジオポケット等の接続に使用)

コントローラ

コントローラ

付属の標準コントローラはセガサターンのマルチコントローラのデザインを基とした大き目のもので、上部に2つの拡張スロットを装備しているのが特徴。形状の制約と「利用者に引っ張られている感じを与えない」という理由でケーブルはコントローラの下側から繋がっており、コントローラ背面にあるスリットにケーブルをはさむことで擬似的にコントローラ正面からケーブルを出すようにもできる。

アナログ入力のスティックと、アナログ入力のL・Rトリガー(一般的なLRボタンとは異なり、比較的ストロークが深く、押し込み具合で入力が異なる)、十字キー、X・Y・A・Bの4個の丸型のボタンと、三角形のスタートボタンが採用されている。十字キーは任天堂が特許を持ち自社製ハードで採用されていたものと見た目が似ていたため「正式に任天堂と契約し、許可を取ったもの」だという噂が立っていたが、実際には十字キーの特許は形状によるものではなく、その内部構造についての特許であり、本機のコントローラーは構造が異なっていたため抵触していない。

なお、初期型はトリガーの支点部にスリットが入っていて耐久力が低く、破損による故障が頻発した。そのため、トリガーにスリットが無く、十字キーの高さが少し高めに調節された後期型が生産され、セガのカスタマーサポートは修理に出された初期型を不良品として後期型に無償交換していた。

また、本機はいわゆるリセットボタンに相当するボタンは搭載されておらず、ゲームのリセットはXYAB同時押し+スタートボタンで行う。

拡張スロット

拡張スロットには液晶表示付メモリカード「ビジュアルメモリ」、振動パック「ぷるぷるパック」、音声入力機器「マイクデバイス」などが装着できる。

これらの組合せで、ビジュアルメモリの液晶画面にキャラクターを表示させながら、ぷるぷるパックで振動させるなどの表現ができた。反面、接続された各種デバイスによるコントローラ経由の消費電力が増えた。

コントロールポート保護のための抵抗ヒューズも、そもそも各種デバイスを自由に使用可能なほどの容量に設定されておらず、その溶断による故障が多くなり、コントローラが反応しなくなったり、内蔵時計のバックアップができなくなることがあった。

ビジュアルメモリ以外は基本的にコントローラの2番目のスロット(後方のスロット)に装着するように意図的に設計されているが、一応1番スロットにセットすることも可能である。ただしその場合、意図せぬときにコントローラから外れたり、2番目のスロットの差込口に干渉して別の製品を接続できなくなるなどの弊害もある。

当初は画面に向かってダイレクトに座標指示するライトガンの機能を追加する「ポインティングデバイス」、コントローラ自体の動きを検出して操作を行う「Gセンサーデバイス」(後に登場することとなるWiiのコントローラPS3SIXAXIS相当の機能をつけるオプション品)も企画されていたが、発売はされていない。ケーブルが後ろ側から出ているのには、そのときに操作しやすいように、という意図もあった。

記憶媒体

本機のゲームデータを記録する媒体として採用されたのはモノクロの液晶と十字キー、およびA・Bボタンと、背面にスピーカーが搭載された「ビジュアルメモリ」、通称"VM"である。旧来のゲーム機ではゲームカートリッジ、本体ROM、外部メモリ等が採用されていたが、ビジュアルメモリはその内の外部メモリに相当し、任意で着脱可能である。

ビジュアルメモリには専用のソフトウェアを1つだけダウンロードして再生する機能が組み込まれており、それ自体をゲーム機として利用することも可能である。こうしたミニゲームをダウンロードできる家庭用ゲーム機用の外部メモリはビジュアルメモリが初であるが、後に似た製品としてプレイステーション用の周辺機器「ポケットステーション」が発売された。

また、コントローラにセットすることで手元の画面にゲームと連動した映像(ゲーム中のキャラクタの生命力やコンパスなど)を表示させることもできる。この際、ビジュアルメモリは上下逆様に接続されることになるので、接続中に表示される画像もそれにあわせて逆転して表示される。

上部にはコネクタが搭載されており、2台のビジュアルメモリを向かい合わせに直接接続してセーブデータの受け渡しやミニゲームの対戦なども可能となっていた。ただしこのコネクタを隠す為のフタは本体から完全に外れるタイプで、固定するツメのつくりが甘いため着脱を繰り返すと外れやすくなり、ドリームキャスト本体に接続中は本体やコントローラに外したフタを装着しておく場所もなかったため、紛失する原因にもなった。

電力としてボタン型電池(CR-2032、もしくは同等品)を2個使用する上に、下手な使い方をすると数時間も持たないほど電池の消耗が異常に早い。ただし記憶媒体はフラッシュメモリであるため電池が切れてもセーブデータなどは消えず、電池をはめていなくてもドリームキャスト本体が通電している限りはメモリカードやゲームのサブ画面として利用可能である。また、ボタン電池が切れると「ピー」という警告音が長く鳴る。初期製品と後期製品では電池消耗具合が異なり、改善はされていたが、それでも長時間のゲームプレイに耐えられるほどのものではなかった。

また、ビジュアルメモリは保存容量に対する不満の声も多く、搭載されているフラッシュメモリの容量に比して使用されていない予約エリアがかなり大きかったため、ユーザファイル容量を少なくしていた。そういった事情を背景に、携帯ゲーム機としての機能を削除し、バンク切り替え方式によりビジュアルメモリの4倍の容量を持った純粋なセーブ用媒体である「メモリーカード4X」が発売されたが、投入時期が遅すぎた感は否めず、すでに同等、もしくは、それ以上の機能を持つサードパーティ製のメモリーカードが市場を支配していた。また、メモリーカード4Xのアーキテクチャはビジュアルメモリのそれと異なっているため、ソフトウェアによっては必ずしも同じ挙動をしないこともあった。その性質上、メモリーカード4Xはビジュアルメモリ同士の接続やミニゲームのダウンロード、液晶画面による情報表示には対応していない。

ドリームキャストと互換性のあるアーケード基板NAOMIにもビジュアルメモリ差込口が存在するタイプが登場し、ゲームの個人的なデータをセーブしたり、NAOMI版とドリームキャスト版でデータを連動したプレイをすることが可能となるゲームも存在した。筐体によっては、ドリームキャストのコントローラそのものを使用してプレイできるものもあった。

ビジュアルメモリ自体はドリームキャスト本体よりも先に発売されており、あつめてゴジラという名称で、専用のミニゲームが初期搭載されていた緑色のビジュアルメモリがアメリカ版ゴジラの公開劇場などで先行発売された。このミニゲームはビジュアルメモリ上で消すことは出来ないが、ドリームキャスト上から削除することが可能で、元に戻すことは出来ないが、削除すれば以降は通常のビジュアルメモリとして利用することができる。後にもこのような「ミニゲームとバンドルされた」ビジュアルメモリは複数登場しており、大半はオリジナルカラーで発売された。

今まで発売されたミニゲームバンドル版VM

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
  • あつめてゴジラ~怪獣大集合~
1998年7月30日発売。アメリカ版ゴジラの公開に合わせて発売された。緑色の本体に、「あつめてゴジラ」という怪獣を育成・対戦できるミニゲームが同梱された。
  • ガメラドリームバトル
1999年3月25日発売。 ゲーム内容は「あつめてゴジラ」のマイナーチェンジ版。
  • 超発明BOYカニパン あそんでキッドDCDC
1999年4月22日発売。半透明のグリーンカラー。タイアップ企画商品で、タイトルに関連したミニゲームが同梱されていた。
  • モスラ ドリームバトル
1998年12月23日発売。通常カラーだが、関連するフィギュアが同梱されていた。ゲーム内容は「あつめてゴジラ」のマイナーチェンジ版。
  • ジャイアントチャンネル
1999年5月20日発売。真っ赤に着色されている。プロレスを題材にしたミニゲーム同梱で、ジャイアント馬場が前面にプッシュされている。

内蔵ソフト

本体の起動時のデモンストレーションは涼しげな音色にあわせてオレンジ色の玉が画面を跳ね回り、最終的に渦を巻いて「Dreamcast」と表示され、ゲームソフトか内蔵のシステムソフトが起動する。この起動音は坂本龍一が作曲したもので、その音声はアルバム『CM/TV』に収録されている。

内蔵のシステムソフトはドリームキャスト本体のCDドライブの蓋を開けている状態か、ドリームキャスト用ゲームソフトが挿入されていない時に起動される。ソシステムモードではビジュアルメモリのデータ管理、内蔵時計の管理、CDプレーヤーがある。なおCDプレーヤーで対応ソフトを再生すると、画面にそのCDに関連する絵が表示される。

インターネット機能

モデムにより本格的なインターネット対戦ゲームが楽しめるほか、アクセスNetFrontをベースとしたWebブラウザ「ドリームパスポート」を本体に同梱したことでWebサイトの閲覧も可能で、次世代のマルチメディア機として優秀な性能を備えていた。

なお、専用に用意された「セガプロバイダ」は当初、無料で使用できた。2000年4月に有料化し、名称も「isao.net」に変更された。isao.netはパソコン向けISPになって現在も運営中である。セガプロバイダは、回線をぷらら(設立時にセガが出資)やHighway Internet(現・GyaO BB ベーシック)から借りていた。セガプロバイダが設立された当初はアクセスポイントが大都市圏や県庁所在地にしかなかったため、人口の多い地方都市でも遠方のアクセスポイントへ接続しなければならず、電話料金が高額になることも多かったが、その後アクセスポイントは地方都市へも拡充されたため、この問題は解消されていった。2008年8月現在、ドリームキャスト向けのアクセスポイントは廃止されている。

モデムアダプタ

「ドリームパスポート」はバージョンアップごとに登録ユーザに無料配布され、最終的に「ドリームパスポートプレミヤ」となった。また、Hello Kitty ドリームキャストセットに付属の「ドリームパスポート2 『ハローキティ』Ver.」や、ドリームパスポート3をベースにした市販品「『でじこ』のまいブラ」などの、各種キャラクターを用いたアレンジ版も作られている。

また、ネット対応のゲームソフトにはドリームパスポートの一部機能が制限されたバージョンが同梱されており、ディスクを入れ替えることなくそのソフトの公式ホームページを参照したり、公開されている専用のセーブデータをダウンロードできるようになっているものもあった。

なお、前述のブロードバンドアダプタには専用の「ブロードバンドパスポート」が付属し、ブロードバンド接続の場合ドリームパスポートの代わりにこれを使用する必要があったが、ドリームパスポートプレミヤではブロードバンド接続にも対応している。これによって、ブロードバンドアダプタを装着していながら接続情報復旧のためにのみモデムに付け替えてドリームパスポートを使用しなければならない、といった手間から開放された。なお、プレミヤ以前のドリームパスポートはSSLのアップデートに対応していないため、現在はSSLでの接続が必要なサイトは閲覧不可能である。

また、マイクロソフト社とウェブティービーネットワークスによって開発されたWebTVをベースにしたインターネット閲覧ソフト「マイクロソフト ウェブティービー接続キット」が希望者のみに配布された。「ドリームパスポート」との互換性はない。

その他にドリームキャスト上でメガドライブPCエンジンのゲームをダウンロード配信する「ドリームライブラリ」というサービスも提供されていた。

主な通信に対応したゲームソフト

※その他、対戦以外にもデータの交換やシステムの開放などの要素としてインターネット機能が搭載された作品もある。

歴史

発売前

開発中のコードネームは「KATANA」。「ドリームキャスト」の名称は、候補を募り絞っていったもので、特定の命名者はいない[2]。dream(夢)をbroadcast(広く伝える)という願いを込めた造語である[3]。当時は、Pointcast等のプッシュ型テクノロジーが未来の情報配信技術として紹介されており、これに影響されたものと推測される。ユーザの間では「ドキャ」、「ムキャ」、「ドリャス」、「DC」、ロゴマークの渦巻きから「なると」など、様々な略称が用いられたが、セガ自身が「dricas.com」というドメイン名を取得したこともありドリキャスが公式の略称となった。

「セガは倒れたままなのか」のコピーで始まった、新聞での1ページ全部を使った連載広告をはじめ、当時セガの専務だった湯川英一ジャニーズJr.(当時)の滝沢秀明が出演したCMや、「セガなんてだっせーよな。プレステのほうが面白いよな」というフレーズを使った自虐的なCMが話題になった。このCMでソニーの商標である「プレステ」という言葉を用いる許諾をソニーから得ている。なお、この自虐CMには、湯川以外にも当時の役員が出演している。この宣伝戦略プロデューサーを担当した秋元康は、後にセガの社外取締役に就任した。ちなみにこの手法は、ソニーがかつて「ビデオ戦争」(VHSβの覇権争い)での敗北を決定的にした時のものと類似している。発売直前から2000年にかけてセガ提供のテレビ番組のクレジットは「SEGA」ではなく「Dreamcast」だった。

また、湯川英一氏は後に「湯川専務」の名でシングルCD「Dreamcast」をリリースし、マスコミに報道されるなど様々な方法で話題性を作り、てこ入れを行った。

当初は「128bitのゲーム機」という触れ込みで紹介されていたが、実際には32bitマシンである。CPUのSH-4が、内蔵している32bitのグラフィックスエンジン(ベクトル計算機とも)が一度に演算を4本同時に行えるため、「32bit×4 = 128bit」相当ということにされていた。

発売

広告戦略においてハードとメーカーの知名度が共に急上昇し、「売りに出せば売れる」という人気を博したかに見えたが、肝心の供給体制が整わなかった。

NECとVideoLogic社が共同開発したグラフィックスチップPowerVR2の開発が予定よりも遅れたことが発端となり、ソフトウェアの開発に遅れが生じ始めた。さらに、チップの歩留まりが向上せず、十分な量を確保できなかったことが致命的だった。需要に見合った増産が望めず、結果的に初回出荷量の大幅減、予約キャンペーンも急遽取りやめといった「売りたくても、売りに出せない」という苦悩が続く非常事態となった。

事態は深刻さを極め、キラーソフトとして本体と同時期に投入予定だったソフトの多くが発売延期となった。自社の看板タイトル『バーチャファイター3tb』はなんとか間に合わせ、初回出荷分は即日完売となったものの、PowerVR2の開発の遅れがもたらしたソフト不足が最後まで足を引っ張り、販売台数は予定を下回る結果に終わった。さらにPowerVR2の歩留まりが向上しない事には、増産によるシュア拡大も望めない状況にあった。結果的にハードとソフトの供給の遅れが、市場形成期の成長に急ブレーキをかけた。

Windowsと互換性があってソフトの製作の敷居は低かったものの、この立ち上がりのつまづきがサードパーティを消極的にし、ソフトメーカーの参入が伸びなかった。

1999年6月に価格を29,800円から19,900円へ値下げして再立ち上げを図り、TSUTAYAと提携してソフトのレンタルを実施するなどのテコ入れ策を図る。また、プレイステーションの販売方法を徹底的に模倣し、子会社のセガ・ミューズを通じて「再販価格維持」、「中古品売買禁止」、「同業者間の在庫転売禁止」の3点を小売店に強制した。当時、ソニー・コンピュータエンタテインメントが採用したこの販売方法は独占禁止法違反で公正取引委員会と係争中だったが、メーカーの圧倒的支持を受けており、ソニー・コンピュータエンタテインメントが独占禁止法違反の是非を争っている間にその販売方法を模倣すればスクウェアを始めとする有力メーカーの支持を一気に奪えるという計算が働いたからである。

1999年11月にソニー・コンピュータエンタテインメントと同様に、セガに対しても独占禁止法違反容疑が表面化した。事件の処理に困ったあげく2000年8月にはセガ・ミューズの業務を本社に丸投げしてペーパー会社化するという「脱法行為」ギリギリの方法で摘発を逃れて一部から批判を浴びる。

末期、撤退

シーマン』ブームなど単発的なヒットはあったものの、ソフト不足に悩まされる状況は変わらず、ハードの売り上げを牽引するキラーソフトの供給が続かなかった。加えて、既に確固たる利用者層を積み上げていたプレイステーション、2000年3月4日に発売された後継機プレイステーション2の前に再び苦戦を強いられた。

撤退への最終的な決断がされたのは2000年末の年末商戦の結果を踏まえた上だった。当時日本国内では『ファンタシースターオンライン』や『プロサッカークラブをつくろう!』などがリリースされ、北米では『NBA2K1』、『NFL2K1』というミリオンセラーが期待出来るタイトルとの本体同梱版がリリースされたが、勢いを取り戻す事は出来なかった。

そして市場において一度も優位に立つことなく2001年3月に製造が終了した。また同時に9,900円という破格の値段に改定され、この件はTVニュースで報道された。

このドリームキャストを最後に、セガは家庭用ゲーム機の製造・販売事業から撤退し、その後、家庭用ゲーム市場においては、他社のゲーム機向けソフトの開発と販売に専念することとなる。

撤退後

家庭用ゲーム機としての役目をほぼ終えたドリームキャストだが、そのアーキテクチャ自体は評価が高い。同時期に発売されたほぼ同設計の業務用基板「NAOMI」が今でも現役のほか、サミーの業務用基板「ATOMISWAVE」としても活躍している。またXboxシリーズのコントローラー配置は、ドリームキャストのコピーと言えるものである。

また、本体や周辺機器の製造が終了してからも2005年頃までは恋愛ゲーム中心にリリースが続いた。移植されたゲームの中にはKeyの『Kanon』やアクアプラスLeaf)の『こみっくパーティー』等のパソコンゲーム市場での人気作も含まれたが、これらのタイトルが発売予定に入った段階で、セガは既に撤退を決定していた。そのため、後者は後に救済策としてPCに逆移植されている。

恋愛ゲームが発売されなくなって以降も、NAOMI基板で出たアーケード用シューティングゲームの移植を中心に年2本程度のペースで新規ソフトが発売されており、新規タイトルが発表になるたびに「ドリームキャスト最後のソフト登場」と話題となっている(2007年現在)。PSEマークの無い中古家電機器の流通を禁止するPSE問題の影響により、中古品市場での本体の入手はかなり困難となることも懸念されたが、2006年4月以降もハードオフなどでPSEマークつきで販売されている。セガによる本体ならびに本体付属周辺部品の有償修理は、2007年9月28日佐倉事業所CSサービスセンター到着受付分を以て終了している[4]。2007年3月8日にドリームキャスト最後のソフトとなる『カラス』が発売。本体の発売から9年と言う長い歴史に終止符を打った。

2007年12月、セガオブアメリカが「Dreamcast」の商標登録の更新を申請した。一部で「後継機が開発されているのでは」と噂されたが、セガオブアメリカは「登録内容に問題があったためであり、コンソールビジネスに戻る予定は無い」と否定した[5]

市場での敗因

プレイステーション2との勝敗を分けた要因として、ソフトの上位互換性が挙げられる。それまで「ハードが変更されると旧機のソフトはプレイ不可」ということが一般的で、DCもセガサターン用のソフトは使えなかったが、PS2がPS用ソフトのほとんどをプレイできる仕様だった。

ドリームキャストに上位互換性を持たせなかったのは、セガサターンが設計上、マルチプロセッサ機能を持っていた事に起因する。サターンと上位互換性を持たせようとすると処理チップ数が増加し、コストが高くなるという問題を孕んでいた。これには、セガは業務用・家庭用を問わずハード設計の際には、なるべく汎用ICを使って設計する(必然的に基板に実装するICの種類が増える)という方針や、後方互換性を維持する事でサポートコストの増大や過去の負の遺産を引き継ぐことを嫌った、当時までのゲーム業界の慣習を引きずった事も影響している。

既に多くのサターンのソフトがPSへ移植されていたが、DCそのものにはキラーソフトが少なく、その一方でまだ市場が残っていたサターンへのソフト供給が途絶えてしまったことから、これを転機としたユーザ離れを引き起こすことになってしまった。

セガサターン→ドリームキャストの変更によるメーカー側の開発難航が、供給低下の原因にあることも見逃すことができない。PS2が商業的に成功した要因として、PS用ソフトのほとんどがそのままプレイできる上位互換性を有するうえ、コントローラのボタン数やデザインも従来どおりだったため、PSから親しんできたユーザにとっても何の抵抗もなくプレイすることができたことにある。また、セガサターン純正のコントローラは、一部ユーザの間で定評があり、これを受けて、後に同形のコントローラーパッドがPS2用およびパソコン用で販売された経緯がある。それに慣れ親しんだユーザにとっては、ドリームキャストの純正コントローラは非常に使いにくいものだった。またドリームキャストのコントローラーはコードが下部から付いているので腕に対する負担が少なく、見た目よりは軽量だが、メモリカード等を装着すると当然重量は増加し、長時間プレイすると腕に対する負担が大きかった。これはプレイヤーの使用しないポートのコントローラーなどにメモリカードを挿すことなどによってある程度は回避可能だが、実際にはソフトの多くはポートAの1番スロットにしか対応していないなど、不備も目立った。

PS2はDVDプレーヤーとしても機能することがPS2のシェア拡大に少なからず貢献し、結果としてDVD視聴環境の普及にも大きく貢献することとなったが、ドリームキャストでは独自の規格であるGD-ROMドライブを搭載していたためにDVDソフトの視聴は不可能だった。この点に関して、ドリームキャスト開発当時はDVDドライブがまだ高価で、コスト面での不利から搭載を見送られていた。末期には外付けのDVDドライブの開発が検討されたこともあったが、製造中止に伴って立ち消えとなっている。GD-ROMは、ドリームキャスト発売当時としては容量も十分なものだったが、DVDが普及するにつれて、記録容量、ドライブの製造コスト、ディスク単価、市場でのシェアなど、どれをとってもDVDに対し劣るものとなっていた。

PS2やNINTENDO64に対し優位に立つかに思えたインターネット機能の標準搭載も、対応ゲームの少なさや発売の遅さ、ブロードバンド環境の未整備ゆえに、優位性が充分に発揮されないまま終わってしまった。今でこそブロードバンド環境が整備されて定額料金での常時接続も可能になったが、ドリームキャスト発売当時は電話回線を使用したダイヤルアップ接続が主流であり、通信にかかる費用はユーザにとって決して軽いものではなかった。しかも、日本においてのインターネットの普及がアナログモデムが一般に普及する前にモデムを使わないデジタルの専用回線方式が一気に普及した、という悪条件が追い討ちをかけた。

しかし、一方では家庭でパソコンが普及していない時代に、ネット対戦の楽しさを通じて、その後のインターネット利用者(特にゲームユーザー層)の拡大に貢献している。特に『ファンタシースターオンライン』のヒットは日本国内におけるコンシューマの流行の布石をもたらしており、一定の貢献が見られる。

本体のバリエーション

サクラ大戦 Dreamcast for Internet
サクラ大戦シリーズ』をイメージした限定モデル。
Hello Kitty ドリームキャストセット
ハローキティ』のロゴが入ったスケルトンモデル。色はピンクとブルーの2種類。
ドリームキャストR7
パチンコ店向けの端末として販売されていたものと同じ外観の限定モデル。黒地にR-7(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律における7号営業を表すRegulation 7の略)と書かれている。
セガカラ@ホーム
カラオケ用周辺機器「ドリームキャスト・カラオケ」を装着したモデル。
シーマンモデル
シーマン』のロゴが入ったスケルトンモデル。シーマンのソフト、マイクデバイス、サウンドトラックCDなどを同梱。限定500台。赤いクリスマス仕様の限定版も存在する。
バイオハザード CODE:Veronica リミテッドボックス
レッドスケルトン、ブルースケルトンの2種類。特別仕様VM、ベロニカ初回限定版ソフト同梱。2000台限定。

MIL-CD対応品と非対応品

出荷当初のドリームキャストには、MIL-CD再生機能が搭載されていた。MIL-CDとは「見るCD」の意味で、メディアは通常のCDプレーヤーでは音楽CDとして再生できるほか、ドリームキャストで再生した場合には独自のコンテンツを視聴できるというものである。ただし、MIL-CD対応メディア製品は数種類しか発売されなかった。

MIL-CDの実装原理はCD EXTRAと同一で、マルチセッションディスクとなっており、1番目のセッションに音楽が、2番目のセッションにデータが入っている。ドリームキャストは、この2番目のセッションを読み取って独自のコンテンツを実現していた。しかし、一部ユーザがこのデータ部分を利用し、ゲームデータをCD-Rにコピーしたディスクを動作させることに成功した。これはコピーディスクを違法に流通させるきっかけとなった。

また海外のユーザを中心に、自作ソフトをMIL-CD機能を使用し動作させる試みが存在した。自作のソフトにはDivXプレーヤーやメガドライブソフトのゲームエミュレーターなどがあり、これらは実際に実用的なレベルでの動作に成功していた。2007年現在でも、非商業ベースやいわゆる同人レベルの作品は多数が開発・発表されており、セガ側の思惑とは別にコアユーザ達にとっては現役機として浸透している。

セガはMIL-CD機能の悪用による違法コピー対策として、2000年夏頃~秋頃から出荷された製品をMIL-CD非対応とした。厳密な時期は定かではないが、11月1日の社名変更のタイミングと重なる模様。両者の判別は新品であれば可能で、いわゆる湯川専務バージョンはMIL-CD対応品で、末期に製造されたロットは外箱に「MIL-CD非対応」と明記されている。しかし、中古品販売で入手するしかない現状では、外箱と中身が一致しているとは限らないため、本当に対応品かそうでないかを見分けるのは難しい。非対応品を対応品に改造する方法がゲーム改造専門誌に掲載された。販売店によっては、対応品かどうかを独自にチェックし、その旨を表示して販売しているところも存在する。

例外的に、黒い外観のドリームキャストR7は末期の製造ながら、初期ロットの在庫処分のためMIL-CD対応であり、箱にも明記されている。ただし流通量は少ない。

また、「MIL-CD非対応」と外箱に明記された物でも、海外仕様のものを国内向けに変更したリアセンブル版や、故障品のパーツを再組立した再生品を中心に、実際はその多くは対応機であり、全体の生産量からするとMIL-CD非対応機はごく一部でしかない。

周辺機器

アーケードスティック
ネオジオポケット接続ケーブル

セガ純正

  • LANアダプタ(HIT-0300)
  • ブロードバンドアダプタ(HIT-0400~HIT-0401)
  • インターネットスターターキット(HKT-2000)
  • ドリームキャスト・キーボード(HKT-4000)
  • メモリーカード4X(HKT-4100)
  • ドリームキャスト・カラオケ(HKT-4301)
    専用カラオケシステム。サービスは既に終了。
  • ドリームアイ(HKT-4301)
  • ビジュアルメモリ(HKT-7002)
  • モデムアダプタ(HKT-7100)
  • マイクデバイス(HKT-7200)
  • アーケードスティック(HKT-7300)
  • レーシングコントローラ(HKT-7400)
  • ツインスティック(HKT-7500)
  • ドリームキャスト・コントローラ(HKT-7700~HKT-7701)
  • ドリームキャスト・ガン(HKT-7801)
  • S端子ケーブル(HKT-8000)
  • VGAボックス(HKT-8100)
  • モジュラー延長ケーブル(HKT-8200)
  • 音声接続ケーブル(HKT-8300)
    市販のオーディオ用変換ケーブルと同等の商品。
  • ステレオAVケーブル(HKT-8500)
  • ぷるぷるぱっく(HKT-8600)
  • つりコントローラ(HKT-8701)
  • MIDIインターフェイスケーブル(HKT-9200)
  • 対戦ケーブル(HKT-9500)
  • ドリームキャスト・マラカスコントローラ(HKT-9700)
  • ドリームキャスト・マウス(HKT-9900)

他社発売

代表的ソフト

詳細はCategory:ドリームキャスト用ソフトドリームキャストのゲームタイトル一覧をそれぞれ参照

関連項目

脚注

[ヘルプ]
  1. ^ PC Watch ドリームキャストのゲームも遊べる個性的なデザインが特徴のテレビ「CX-1」
  2. ^ 『ゲームの話をしよう』永田泰大 エンターブレイン 2000年 ISBN 4-7572-0662-3 P174
  3. ^ エンターブレイン『セガ・コンシューマー・ヒストリー』(2002年2月27日初版発行)P.244
  4. ^ SEGA 『セガサターン』『Dreamcast』有償修理終了のお知らせ
  5. ^ GameDaily Updated Dreamcast Trademark Sparks 'Dreamcast 2' Rumor

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ








Why are we here?
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License
This page is cache of Wikipedia. History