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日本におけるプロ野球とは、社団法人日本野球機構(NPB)の下のセントラル・リーグ(セ・リーグ)、パシフィック・リーグ(パ・リーグ)の2リーグ全12球団、他いくつかのリーグで行なわれるプロスポーツを指す。
目次 |
2008年現在の球団を示す。 過去に存在した球団・リーグについてはプロ野球チーム一覧参照。
| 球団名 |
保護地域 |
本拠地球場 |
収容人数 |
平均観客数 |
平均占有率 |
前年比 (%) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 読売ジャイアンツ (Yomiuri Giants) |
東京都 | 東京ドーム (文京区) |
45,000人 | 39,948人 | 88.8% | -1.2 |
| 東京ヤクルトスワローズ (Tokyo Yakult Swallows) |
東京都 | 明治神宮野球場 (新宿区) |
35,650人 | 17,802人 | 49.9% | -3.9 |
| 横浜ベイスターズ (Yokohama BayStars) |
神奈川県 | 横浜スタジアム (横浜市) |
30,730人 | 15,694人 | 51.1% | -8.3 |
| 中日ドラゴンズ (Chunichi Dragons) |
愛知県 | ナゴヤドーム (名古屋市) |
38,414人 | 33,720人 | 87.8% | 1.6 |
| 阪神タイガース (Hanshin Tigers) |
兵庫県 | 阪神甲子園球場 (西宮市) |
46,229人 | 41,344人 | 89.4% | -5.3 |
| 広島東洋カープ (Hiroshima Toyo Carp) |
広島県 | 広島市民球場[1] (広島市) |
31,686人 | 19,315人 | 60.1% | 23.2 |
| 球団名 |
保護地域 |
本拠地球場 |
収容人数 |
平均観客数 |
平均占有率 |
前年比 (%) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 北海道日本ハムファイターズ (Hokkaido Nippon-Ham Fighters) |
北海道 | 札幌ドーム (札幌市) |
40,572人 | 26,027人 | 64.2% | 2.2 |
| 東北楽天ゴールデンイーグルス (Tohoku Rakuten Golden Eagles) |
宮城県 | クリネックススタジアム宮城 (仙台市) |
22,187人 | 15,959人 | 71.9% | 2.8 |
| 埼玉西武ライオンズ (Saitama Seibu Lions) |
埼玉県 | 西武ドーム (所沢市) |
35,655人 | 19,633人 | 55.1% | 29.3 |
| 千葉ロッテマリーンズ (Chiba Lotte Marines) |
千葉県 | 千葉マリンスタジアム (千葉市) |
30,011人 | 22,245人 | 74.1% | 2.8 |
| オリックス・バファローズ (Orix Buffaloes) |
大阪府 | 京セラドーム大阪 (大阪市) |
36,477人 | 17,594人 | 48.2% | 11.4 |
| 福岡ソフトバンクホークス (Fukuoka SoftBank Hawks) |
福岡県 | 福岡Yahoo!JAPANドーム (福岡市) |
35,773人 | 31,251人 | 87.4% | -2.5 |
| 球団名 | 本拠地開催 | 地方開催 | |||
|---|---|---|---|---|---|
| 専用球場 | 試合数 | 試合数 | 開催都市(リンク先は使用球場) | ||
| 巨人(巨) | 東京ドーム | 63 | 9 | 旭川1 札幌1 福島1 宇都宮1 富山1 金沢1 大阪2 松山1 |
|
| 東京ヤクルト(ヤ)(燕) | 神宮球場 (神宮の森) |
65 | 7 | 秋田2 いわき1 ひたちなか1 長野1 松山2 |
|
| 横浜(横)(星) | ハマスタ | 65 | 7 | 神奈川県(平塚1 相模原1) | |
| 山形1 福島1 長野1 北九州1 大分1 | |||||
| 中日(中)(竜) | ナゴヤドーム | 67 | 5 | 東海地方(岐阜1 豊橋1 浜松1) | |
| 北陸地方(富山1 金沢1) | |||||
| 阪神(神)(虎) | 甲子園 | 62 | 9+1 | 大阪9 | |
| 倉敷1 | |||||
| 広島(広)(鯉) | 市民球場 | 66 | 6 | 中国地方(福山1 尾道1 呉1) | |
| 北陸地方(富山1 金沢1 福井1) | |||||
| 北海道日本ハム (日)(闘士) |
札幌ドーム | 59 | 8+5 | 東京8 | |
| 北海道(函館2 旭川1 釧路1 帯広1) | |||||
| 東北楽天(楽)(狗鷲) | Kスタ宮城 | 70 | 2 | 東北地方(盛岡1 福島1) | |
| 埼玉西武(西)(獅子) | 西武ドーム | 68 | 4 | さいたま1 前橋1 長野2 | |
| 千葉ロッテ(ロ)(鴎) | 千葉マリン | 72 | 0 | ||
| オリックス(オ)(猛牛) | 京セラドーム | 48 | 22+2 | 神戸22 | |
| 東京2 | |||||
| 福岡ソフトバンク(ソ)(鷹) | ヤフードーム | 68 | 4 | 九州地方(北九州2 熊本1 宮崎1 ) | |
2004年に起こったプロ野球再編問題と四国アイランドリーグ(現四国・九州アイランドリーグ)誕生の影響もあって、当時は全国各地に独立リーグ構想が持ち上がった。中にはその後、ベースボール・チャレンジ・リーグの様に実現した独立リーグもあるが、残念ながらそのほとんどは資金面などの問題もあって実現までに至っていないものも多い。
四国・九州アイランドリーグは、下記の6球団によって構成される。
2004年の創設当初の名称は「四国アイランドリーグ」で、四国地方4県で各1球団が加入して2005年シーズンを行った。2007年12月、福岡・長崎の九州地方2球団が新規加入したのに伴い、現名称に改称。2008年シーズンから6球団で公式戦を行っている。
ベースボール・チャレンジ・リーグ(略称・BCリーグ)は、下記の6球団によって構成される。
2006年の創設当初の名称は北信越ベースボール・チャレンジ・リーグで、新潟・信濃・富山・石川の4球団が加入して2007年シーズンを行った。2007年11月、群馬・福井の2球団が新規加入したのに伴い、現名称に改称。2008年シーズンから6球団(2地区制)で公式戦を行っている。
プロ野球マスターズリーグは、NPBで現役を終えた選手によって、主にプロ野球のオフシーズンである冬季にリーグ戦を開催している。下記の5球団によって構成される。
日本野球連盟・日本野球機構所属球団の変遷(シーズン中の変更のみ日付を記す) ![]()
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このプレーオフ制度は2004年にパ・リーグに導入され、2007年からはクライマックスシリーズと銘打ってセ・パ両リーグで導入されたが、セ・パ各リーグ6球団中のシーズン上位3球団ずつが、シーズン首位と2、3位のゲーム差にかかわらず日本シリーズ進出の権利をかけてプレーオフを行うというシステムである。 今回のプレーオフ制度導入は、世界的にポストシーズンの試合が充実する傾向にあるのに沿った形であるが、消化試合を減らすために優勝決定に絡むカードを増やし、ファンの関心を集め、集客増やテレビ中継による収入増を図るというのも目的にある。プロ野球でもプレーオフを経験したパ・リーグの代表チームが、連続してセ・リーグの代表チームを圧倒したという事実が、プレーオフ制度の導入にとって追い風となっている。
一方、パ・リーグでの導入元年である2004年と2年目の2005年に2年連続でリーグ戦1位だった福岡ソフトバンクホークス(2004年は福岡ダイエーホークス)がプレーオフで優勝を逃したり、逆に2005年に西武ライオンズがシーズン勝率5割を割っていながら3位ということでプレーオフに進出したりと、レギュラーシーズンの価値が損なわれかねない結果も生じており、ファンの間ではプレーオフ制度そのものについて様々な賛否の声もある。
2007年のセ・リーグでの導入元年(こちらはプレーオフではなく、クライマックスシリーズ)では、読売ジャイアンツがリーグ戦1位、中日ドラゴンズが2位だったが、クライマックスシリーズで中日ドラゴンズが3位の阪神タイガース、1位の読売ジャイアンツを破り、日本シリーズでも北海道日本ハムファイターズを破り、クライマックスシリーズ制度で初の優勝を飾った。
しかしながら、1位で通過しても「優勝」と認められなかった(プレーオフの勝者が「優勝」となっていた)パ・リーグ時代のプレーオフと違い、クライマックスシリーズの場合は「シーズン1位=優勝」と変化した。この変化によりシーズン自体の優勝争いの価値が前年までのパ・リーグのプレーオフとは大きく変わった。
プロ野球は「プロ」と称してはいるものの、海外のプロスポーツのようにマーケティング技術を駆使することはなく、他の多くのアマチュアスポーツと同じ日本型企業スポーツの延長上にあるといえる。オーナー企業によって保有される球団が企業内の一体感の醸成と外部への宣伝効果を期待されるという点で、プロ野球は他競技の国内スポーツリーグと本質的に何ら変わらない。
しかしプロ野球は一つ、他の国内スポーツリーグと比較して大きく異なる部分がある。それが読売ジャイアンツ(以下巨人)という特殊な存在である。
巨人は親会社である読売新聞や日本テレビなど読売グループ企業メディアの全国的な大量報道によって他の球団・スポーツチームとは異なる人気を誇ってきた。1950年代終わり頃から野球のテレビ中継が本格化すると、プロ野球の多くの試合の中で巨人戦だけが毎日全国中継されるという時代が長らく続いたこともあり、巨人ファンの割合が多数を占めるようになった。テレビのスポーツニュースは巨人あるいは巨人がペナントレースを戦うセ・リーグの試合結果しか伝えないことも珍しくなく、特にプロ野球球団の本拠地が存在しない地方ではかなり近年になるまでテレビ野球中継がほぼ巨人戦のみであったため、これらの地方の野球ファンと言えば巨人ファンが圧倒的多数を占めるほどファン分布が偏っていた。
この構造によって、プロ野球は極端な巨人中心の露出という偏りがあったものの他のスポーツとは比較にならないほど大衆の目に触れる機会に恵まれ、プロ野球球団を保有することによる宣伝効果は他のスポーツの比ではない絶大なものがあった。それが多額の赤字に苦しむ球団を親会社が支え続け、現在もなお幾つもの新興企業がプロ野球参加を望む背景となっている。
また、1990年代半ばまで安定して20%前後の高視聴率を確保してきた巨人戦のテレビ放映権料が他球団の経営をも支援してきた。今なおセ・リーグ各球団は毎年多額の収益を巨人戦の放映権料より得ている。このため、巨人戦の減少はそのままセ・リーグ他球団の経営を揺るがすことになり、2005年から始まったセ・パ交流戦が2007年度に試合数削減されたのはこうした事情によるセ球団からの強い要求もその一因と思われる。
このようにプロ野球全体が巨人に過度に依存して運営されてきた経緯から、巨人は球界において絶大な影響力を持っており、特に1990年代半ばからはFA制度やドラフト逆指名制度などを利用し、資金力とネームバリューを背景に球界の有力選手を独占的に自球団に集める強引とも言える補強策を取った。しかしながら、結果的にいわゆる「外様」が巨人のレギュラーの多くを占めるようになってしまったこと、またそのような補強策にもかかわらず、巨人の成績が奮わなかったことにより、その後巨人の人気低下および全国ネットにおけるプロ野球中継の視聴率低下を引き起こしたとも言われる。巨人戦の視聴率低下は、そのまま放送一回あたりの放映権料の低下、また地上波でのプロ野球中継回数そのものの低下に繋がるため、これまでこの収益に依存してきたセ・リーグ各球団にとっては大きな損失となる。また、巨人戦の放送枠を利用した地方局でのローカル放送の回数も減少するため、この枠で地域球団の試合を中継していたパ・リーグの地方球団にとっても巨人戦の視聴率低下は悪影響を及ぼしている。
2000年代に入って、上記までの経緯やプロ野球再編問題により切迫した危機感を抱いたパ・リーグ各球団は、球団の地域密着化を強く推し進めファンサービスを重視するようになった。また北海道(本拠地移転)と東北地方(本拠地新設)に新たにパ・リーグの球団本拠地が置かれ、球団本拠地のある地域は従来の関東地方・東海地方・近畿地方・中国地方・九州地方のほか、北海道・東北地方に広がった。これにより以前であれば地域球団がないため巨人戦を放送していたテレビ局も地元球団の試合を放送するようになり、地域住民の関心も巨人から地元球団へと移っていった。
このような要因もあり1990年代後半以降現在に至るまで、巨人戦の視聴率は低下し続け、地上波での放送の減少(戦況に関係なく中継は2時間で打ち切り、2007年10月の改編後は一切中継しない)やCM収入の減少に歯止めがかかっていない。中には(主に巨人のフロントやOBの解説者、マスコミなど)「ここ数年巨人戦の視聴率が伸びないのは成績不振で優勝できないせい。巨人が勝てば視聴率が上がる」との意見もあったが、2006年4月は巨人が開幕ダッシュに成功し好調だったにもかかわらず巨人戦の月間平均視聴率が12.6%と、1989年にデータを取り始めてから最低の記録を更新し、勝っても数字が取れない深刻な人気低迷ぶりを露呈した。2007年シーズンでは日本テレビが巨人戦中継の大幅削減(衛星放送への移行)を決めるという事態となっており、これに伴う高額の放映権料見直しが、特にセ・リーグ球団の収益低下をもたらすのではないかという懸念がある。
セ・リーグ各球団は巨人戦中継による高額な放映権料頼みの収益構造から球場収入やグッズ販売等を中心とした収益構造への脱却を迫られている。このような状況の中で、巨人戦中継の視聴率低迷と時を同じくして阪神が長期の低迷から脱却し人気を回復した。これに伴いより多数の阪神ファンが全国の球場のスタンドを埋めるようになった。対巨人戦の収益的魅力が落ち、対阪神戦が新たなドル箱カードとして認識されつつあり、セ・リーグ内においても以前のような巨人の絶対的な影響力は影をひそめつつある。
1995年、野茂英雄が近鉄バファローズとの契約の縺れから、当時の野球協約の盲点を突いて「任意引退」という形でメジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースへと移籍した。大方の野球評論家達の冷ややかな見方とは裏腹に、野茂はメジャーリーグでセンセーショナルな活躍を見せた。
これに大きな危機感を抱いた日本側は野球協約を一部改定するとともにメジャーリーグ側と協議し新たにポスティングシステムを作った。野茂の成功はまた多くの日本人選手に夢と希望を与え、2000年代へ入るとイチロー・新庄剛志・松井秀喜・城島健司・松坂大輔・黒田博樹・福留孝介といった日本球界の看板選手達がポスティングシステムやフリーエージェント制度で次々にメジャーリーグの球団へと移籍していった。各球団にとってポスティングシステムによる多額の金銭補償や高額年俸選手の金銭的負担から解放されるというメリットは大きかったが、実力もあり球場に客も呼べて視聴率にも影響を及ぼすようなスター選手を次々に失うことは結果的に日本プロ野球全体の魅力を押し下げる要因となった。
特に当時、巨人の現役4番打者であった松井秀喜のニューヨーク・ヤンキースへの移籍は以前から予測はされていたものの、前述の巨人中心の構造から「巨人の4番打者=日本球界の4番打者」という位置付けがされていた為に多くの巨人ファンに衝撃を与えた。また特定の球団を応援しない野球ファンや野球に関心を持たなかった人々だけでなく、特定の球団を応援していた野球ファンにとってもメジャーリーグという新たな選択肢、比較対照を持てることとなり、それと同時に日本プロ野球全体のレベル、運営、ファンサービス等がメジャーリーグのそれと常に比較されうるという状況にもなった。
戦前から戦後初期はプロ野球の公式戦の入場者数は有料入場者の実数を発表していたが、1960年代後半に入ると東京六大学野球の運営にならい[要出典]、実数ではなく大まかな数値を発表するようになった。長らくこの慣例に従い大まかな数字、やがて球場の収容人員数を大きく上回る水増しされた数字の発表が行われてきたが、2004年の球界再編問題をきっかけに、より透明性のある経営体質を目指すとして2005年シーズンから各球団は有料入場者の実数、またはそれに近い数値を各試合ごとに発表することになった。なお、球団によって前売りや年間予約席の扱いなど算出方法に違いがあるため、球場間の厳密な比較はできない。
戦前・戦中の用具不足の時期を除いて、日本のプロ野球で使用される硬式球は比較的反発係数の高い飛ぶボールが使用されていた。 日本のプロ野球で使用するボールは日本野球機構の審査(重量、サイズ、反発係数などに細かい基準が設けられる)に合格したボールのみが使用されているが、2000年頃から各球団がミズノ(美津濃)スポーツ社製の「飛ぶボール」を採用しはじめた。
飛ぶボールの採用は、野球の華である本塁打の飛躍的な増加を生み出したが、その反面、大味な試合展開になりやすく、また打高投低の構造を生み出す要因となり、試合時間の短縮が叫ばれるなか、逆に試合時間の延長という弊害を生み出しているという批判が沸き起こったため、2005年から多くのチームが反発係数を抑えたいわゆる「飛ばないボール」を採用するようになった。
このことによって、打者、とりわけ本塁打を打つことを得意としている長距離打者にとっては飛距離が短縮するため、打撃力の低下を懸念する声があるが、その一方でボールの縫い目の糸がこれまでの麻糸から絹糸が加わったものに変わることで、投手陣の投球にも微妙な変化が現れ試合の質を高めるのではないかという期待もある。
また「飛ばないボール」という呼称について「今までのボールが異常に飛びすぎたのであってこれは『普通に飛ぶボール』だ」という意見があり、WEB上の新聞の記事の「飛ばないボール」という記述が「普通に飛ぶボール」と変更されたという出来事があった[要出典]。
古くは日本運動協会と天勝野球団が1923年にソウルにてプロ球団同士の海外試合を行っている。
プロ野球リーグ戦開始後、初の公式戦海外遠征開催は1940年に行われた満州リーグ戦である。満州(現在の中華人民共和国・東北部)に参加全9チームが総遠征し、7-8月にかけての夏季リーグ戦(事前の練習試合・オープン戦含む)を開催した。翌1941年も開催する予定だったが日中戦争の戦局悪化の影響で取りやめとなった。
戦後は1961年5月20日に当時アメリカ占領下の沖縄・奥武山野球場で西鉄ライオンズ対東映フライヤーズ戦で戦後初の海外遠征が開催された(1962年6月13、14日にも阪急ブレーブス対大毎オリオンズ戦が同じく沖縄遠征を実施)。
2002年5月14、15日には台湾(中華民国)の台北市で福岡ダイエーホークス対オリックス・ブルーウェーブ戦が開催された。
2005年にも韓国のソウルの蚕室(チャムシル)球場と釜山の社稷(サジク)球場で千葉ロッテマリーンズ対福岡ソフトバンクホークス戦が6月28、29日に予定されていたが、ソウルの蚕室球場が韓国プロ野球のLGツインズと斗山ベアーズの2球団が本拠地として使用していることから空き日がなく試合が不可能となり、代わりに仁川の文鶴(ムナク)球場で試合することに決めたがこれも韓国プロ野球の人気低迷に伴い採算が取れないと判断し、同年3月9日に開催取りやめを発表した(実際はロッテの本拠地・千葉マリンスタジアムで開催)。