日本プロ野球


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広島市民球場(外野より3塁側を撮影 広島東洋カープ×東北楽天ゴールデンイーグルス 交流戦 2005年5月)
ジェット風船 2005年5月(広島市民球場で)

日本におけるプロ野球とは、社団法人日本野球機構(NPB)の下のセントラル・リーグ(セ・リーグ)、パシフィック・リーグ(パ・リーグ)の2リーグ全12球団、他いくつかのリーグで行なわれるプロスポーツを指す。

目次


プロ野球球団

2008年現在の球団を示す。 過去に存在した球団・リーグについてはプロ野球チーム一覧参照。

日本野球機構(NPB)

  • 「収容人数」:消防法上の定員、またはプロ野球開催時の定員。
  • 「平均観客数」:本拠地ホームゲームの1試合平均観客数(2008年)。クライマックスシリーズ日本シリーズの観客数は含まず。集計方法は球団ごとに異なる。
  • 「平均占有率」:本拠地ホームゲームの1試合平均収容人数比観客数の比率。
  • 保護地域は原則1球団に1都道府県に限り認められている。ただしオリックスと近鉄との合併の影響に鑑みた暫定措置として2005年から2007年度までの3年間に限っては阪神とオリックスに各2府県(大阪府・兵庫県)の保護地域が認められていた。

セントラル・リーグ(セ・リーグ)

球団名
保護地域
本拠地球場
収容人数
平均観客数
平均占有率
前年比
(%)
読売ジャイアンツ
Yomiuri Giants
東京都 東京ドーム
文京区
45,000 39,948 88.8% -1.2
東京ヤクルトスワローズ
Tokyo Yakult Swallows
東京都 明治神宮野球場
新宿区
35,650 17,802 49.9% -3.9
横浜ベイスターズ
Yokohama BayStars
神奈川県 横浜スタジアム
横浜市
30,730 15,694 51.1% -8.3
中日ドラゴンズ
Chunichi Dragons
愛知県 ナゴヤドーム
名古屋市
38,414 33,720 87.8% 1.6
阪神タイガース
Hanshin Tigers
兵庫県 阪神甲子園球場
西宮市
46,229 41,344 89.4% -5.3
広島東洋カープ
Hiroshima Toyo Carp
広島県 広島市民球場[1]
広島市
31,686 19,315 60.1% 23.2

パシフィック・リーグ(パ・リーグ)

球団名
保護地域
本拠地球場
収容人数
平均観客数
平均占有率
前年比
(%)
北海道日本ハムファイターズ
Hokkaido Nippon-Ham Fighters
北海道 札幌ドーム
札幌市
40,572 26,027 64.2% 2.2
東北楽天ゴールデンイーグルス
Tohoku Rakuten Golden Eagles
宮城県 クリネックススタジアム宮城
仙台市
22,187 15,959 71.9% 2.8
埼玉西武ライオンズ
Saitama Seibu Lions
埼玉県 西武ドーム
所沢市
35,655 19,633 55.1% 29.3
千葉ロッテマリーンズ
Chiba Lotte Marines
千葉県 千葉マリンスタジアム
千葉市
30,011 22,245 74.1% 2.8
オリックス・バファローズ
Orix Buffaloes
大阪府 京セラドーム大阪
大阪市
36,477 17,594 48.2% 11.4
福岡ソフトバンクホークス
Fukuoka SoftBank Hawks
福岡県 福岡Yahoo!JAPANドーム
福岡市
35,773 31,251 87.4% -2.5

ホームゲーム開催地

※2008年度。ホームゲーム数は72試合。
※球団と本拠地球場の省略名は、通称・公式略称・雅称。
※球団名の1文字/2文字省略は、NHKおよびスポーツ新聞でよく用いられるもの。
球団名 本拠地開催 地方開催
専用球場 試合数 試合数 開催都市(リンク先は使用球場)
巨人(巨) 東京ドーム 63 9 旭川1 札幌1 福島1 宇都宮1
富山1 金沢1 大阪2 松山1
東京ヤクルト(ヤ)( 神宮球場
(神宮の森)
65 7 秋田2 いわき1 ひたちなか1
長野1 松山2
横浜(横)( ハマスタ 65 7 神奈川県平塚1 相模原1)
山形1 福島1 長野1 北九州1 大分1
中日(中)( ナゴヤドーム 67 5 東海地方岐阜1 豊橋1 浜松1)
北陸地方富山1 金沢1)
阪神(神)( 甲子園 62 9+1 大阪9
倉敷1
広島(広)( 市民球場 66 6 中国地方福山1 尾道1 1)
北陸地方富山1 金沢1 福井1)
北海道日本ハム
(日)(闘士)
札幌ドーム 59 8+5 東京8
北海道函館2 旭川1 釧路1 帯広1)
東北楽天(楽)(狗鷲 Kスタ宮城 70 2 東北地方盛岡1 福島1)
埼玉西武(西)(獅子 西武ドーム 68 4 さいたま1 前橋1 長野2
千葉ロッテ(ロ)( 千葉マリン 72 0  
オリックス(オ)(猛牛 京セラドーム 48 22+2 神戸22
東京2
福岡ソフトバンク(ソ)( ヤフードーム 68 4 九州地方北九州2 熊本1 宮崎1 )
※「」 : 準本拠地(非公式) ※野球協約上、専用球場と同じ都道府県内を除き、権利保護は受けられない。
※「地方名」 : 本拠地のある都市の地域密着の他に、周辺地方にも密着(地方密着)の傾向がある場合に記載(非公式)
  • 中日は、主な中日新聞系列の販売地(東京新聞の販売地域は除く)で開催。
  • 広島の北陸地方開催は隔年。
  • 横浜は、1軍本拠地球場のある横浜市と2軍(湘南シーレックス)本拠地球場のある横須賀市平塚市を中心に、神奈川県全域で地域密着を進めている。また、同球団の最初の本拠地であった下関で1試合開催する事を慣例としている。また、かつての春季キャンプ地であった静岡で年1〜2試合程度、主催公式戦・オープン戦を開催している。
  • オリックスは2006年は専用球場を神戸 スカイマークに変更していた。これは大阪ドームの運営会社の経営破綻(会社更生法申請)に伴い、特にポストシーズンプレーオフ日本シリーズ)に進出した場合の開催確保が困難になった時のための処置としている。但しレギュラーシーズンの試合数(大阪、神戸とも34試合ずつ)は変更しなかった。2007年は大阪に戻された。
  • オリックスと阪神のダブルフランチャイズは2007年限りで終了。
  • 阪神は10月以後の予備日とクライマックスシリーズ(1位、2位進出時)に関しては甲子園改修に付きスカイマークもしくは京セラドームを使用。
  • 埼玉西武が1位でクライマックスシリーズに出場する場合、10月17日の第1戦を埼玉県営大宮公園野球場で開催する。

12球団の運営母体の業種

独立リーグ

2004年に起こったプロ野球再編問題と四国アイランドリーグ(現四国・九州アイランドリーグ)誕生の影響もあって、当時は全国各地に独立リーグ構想が持ち上がった。中にはその後、ベースボール・チャレンジ・リーグの様に実現した独立リーグもあるが、残念ながらそのほとんどは資金面などの問題もあって実現までに至っていないものも多い。

四国・九州アイランドリーグ

四国・九州アイランドリーグは、下記の6球団によって構成される。

2004年の創設当初の名称は「四国アイランドリーグ」で、四国地方4県で各1球団が加入して2005年シーズンを行った。2007年12月、福岡・長崎の九州地方2球団が新規加入したのに伴い、現名称に改称。2008年シーズンから6球団で公式戦を行っている。

ベースボール・チャレンジ・リーグ

ベースボール・チャレンジ・リーグ(略称・BCリーグ)は、下記の6球団によって構成される。

2006年の創設当初の名称は北信越ベースボール・チャレンジ・リーグで、新潟・信濃・富山・石川の4球団が加入して2007年シーズンを行った。2007年11月、群馬・福井の2球団が新規加入したのに伴い、現名称に改称。2008年シーズンから6球団(2地区制)で公式戦を行っている。

設立構想のある(あった)独立リーグ

NPBの元選手によるプロ野球リーグ

プロ野球マスターズリーグは、NPBで現役を終えた選手によって、主にプロ野球のオフシーズンである冬季にリーグ戦を開催している。下記の5球団によって構成される。

  • 札幌アンビシャス
  • 東京ドリームス
  • 名古屋80D'sers
  • 大阪ロマンズ
  • 福岡ドンタクズ

歴史

※全国規模の社会人スポーツリーグの日本第1号となった。


日本野球連盟・日本野球機構所属球団の変遷(シーズン中の変更のみ日付を記す)

プロ野球を取り巻く近年の事情

  • プロ野球は第二次世界大戦後より長きにわたって長嶋茂雄王貞治などの国民的人気を得た選手の出現などもあって、日本のスポーツの中でも高い人気を誇りながら試合の観客動員数を増やしてきた。
  • 1990年代に入り、フリーエージェント制度導入やドラフト制度の変更により選手年俸や新人獲得費が年々増大して億単位に高騰し、球団の経営を圧迫している。ただし、年俸高騰については過去に日本プロ野球界に大ダメージを与えた黒い霧事件のような八百長を防止する効果もあるので、一概に問題視はできない。
  • メジャーリーグへの選手移籍が容易になり、メジャーリーグで活躍する選手が注目されるようになった。しかし反面、メジャーへの選手流出が相次ぐことから「プロ野球界の空洞化」「日本プロ野球のメジャーファーム化」を危惧する声も多い。
  • パ・リーグ球団は全国放送のテレビ中継がセ・リーグ球団より大幅に少ないため、事業として苦しく、セ・リーグ球団に対して1リーグ制への移行や交流戦を希望していたが、協力を得られずにいた。2004年にパ・リーグの大阪近鉄バファローズは、チーム命名権の売却を希望したが、他球団の反対にあい頓挫し、ついには同じパ・リーグのオリックス・ブルーウェーブと合併を交渉するまでに至った。これは、かつて近鉄が消費者金融大手のアコムの社名ロゴをユニフォームに入れた時や、国際メディア企業でアメリカメジャーリーグのロサンゼルス・ドジャース買収歴もある豪ニューズ・コーポレーションが近鉄を買収するとの報道が流れた時、外資系企業や消費者金融業に嫌悪感を持つ読売新聞グループ本社渡邉恒雄会長が強硬に反対し、近畿日本鉄道本体の経営難もあって、自力再建を断念したためと言われる。また、ファンの地理的範囲が重なるセ・リーグの阪神タイガースに偏向する在阪マスメディアの報道も影響したとされる。この合併交渉を始まりとする出来事については、プロ野球再編問題 (2004年)を参照のこと。
  • 2004年石毛宏典により立案され、2005年に発足した四国アイランドリーグ(現・四国・九州アイランドリーグ)は、既存の日本のプロ野球リーグとは異なり地域に密着し野球競技の普及・活性化を目的として組織された。四国は日本でも屈指の野球競技の盛んな地域であり、また著名な俳人で日本において野球競技の紹介・普及に努めた正岡子規愛媛県松山市の出身である。(なお正岡子規が"Baseball"を野球と翻訳したとの説が一般に流布しているがこれは誤りで、本名の「升(のぼる)」に野球という文字を「の・ぼーる」と洒落て呼んだのが本当である。そして実際に「野球」と翻訳したのは中馬庚〈ちゅうまん かなえ〉である。)
  • 従来から各球団、日本プロ野球選手会などが行っていた少年野球教室に加え、高校球児に対してプロ野球選手がシンポジウム形式で技術指導等を行うという企画が始まっている。

プロ野球が抱える問題点

クライマックスシリーズ(プレーオフ)

このプレーオフ制度は2004年にパ・リーグに導入され、2007年からはクライマックスシリーズと銘打ってセ・パ両リーグで導入されたが、セ・パ各リーグ6球団中のシーズン上位3球団ずつが、シーズン首位と2、3位のゲーム差にかかわらず日本シリーズ進出の権利をかけてプレーオフを行うというシステムである。 今回のプレーオフ制度導入は、世界的にポストシーズンの試合が充実する傾向にあるのに沿った形であるが、消化試合を減らすために優勝決定に絡むカードを増やし、ファンの関心を集め、集客増やテレビ中継による収入増を図るというのも目的にある。プロ野球でもプレーオフを経験したパ・リーグの代表チームが、連続してセ・リーグの代表チームを圧倒したという事実が、プレーオフ制度の導入にとって追い風となっている。

一方、パ・リーグでの導入元年である2004年と2年目の2005年に2年連続でリーグ戦1位だった福岡ソフトバンクホークス(2004年は福岡ダイエーホークス)がプレーオフで優勝を逃したり、逆に2005年に西武ライオンズがシーズン勝率5割を割っていながら3位ということでプレーオフに進出したりと、レギュラーシーズンの価値が損なわれかねない結果も生じており、ファンの間ではプレーオフ制度そのものについて様々な賛否の声もある。

2007年のセ・リーグでの導入元年(こちらはプレーオフではなく、クライマックスシリーズ)では、読売ジャイアンツがリーグ戦1位、中日ドラゴンズが2位だったが、クライマックスシリーズで中日ドラゴンズが3位の阪神タイガース、1位の読売ジャイアンツを破り、日本シリーズでも北海道日本ハムファイターズを破り、クライマックスシリーズ制度で初の優勝を飾った。

しかしながら、1位で通過しても「優勝」と認められなかった(プレーオフの勝者が「優勝」となっていた)パ・リーグ時代のプレーオフと違い、クライマックスシリーズの場合は「シーズン1位=優勝」と変化した。この変化によりシーズン自体の優勝争いの価値が前年までのパ・リーグのプレーオフとは大きく変わった。


巨人中心の構造

巨人への人気集中

プロ野球は「プロ」と称してはいるものの、海外のプロスポーツのようにマーケティング技術を駆使することはなく、他の多くのアマチュアスポーツと同じ日本型企業スポーツの延長上にあるといえる。オーナー企業によって保有される球団が企業内の一体感の醸成と外部への宣伝効果を期待されるという点で、プロ野球は他競技の国内スポーツリーグと本質的に何ら変わらない。

しかしプロ野球は一つ、他の国内スポーツリーグと比較して大きく異なる部分がある。それが読売ジャイアンツ(以下巨人)という特殊な存在である。

巨人は親会社である読売新聞日本テレビなど読売グループ企業メディアの全国的な大量報道によって他の球団・スポーツチームとは異なる人気を誇ってきた。1950年代終わり頃から野球のテレビ中継が本格化すると、プロ野球の多くの試合の中で巨人戦だけが毎日全国中継されるという時代が長らく続いたこともあり、巨人ファンの割合が多数を占めるようになった。テレビのスポーツニュースは巨人あるいは巨人がペナントレースを戦うセ・リーグの試合結果しか伝えないことも珍しくなく、特にプロ野球球団の本拠地が存在しない地方ではかなり近年になるまでテレビ野球中継がほぼ巨人戦のみであったため、これらの地方の野球ファンと言えば巨人ファンが圧倒的多数を占めるほどファン分布が偏っていた。

この構造によって、プロ野球は極端な巨人中心の露出という偏りがあったものの他のスポーツとは比較にならないほど大衆の目に触れる機会に恵まれ、プロ野球球団を保有することによる宣伝効果は他のスポーツの比ではない絶大なものがあった。それが多額の赤字に苦しむ球団を親会社が支え続け、現在もなお幾つもの新興企業がプロ野球参加を望む背景となっている。

また、1990年代半ばまで安定して20%前後の高視聴率を確保してきた巨人戦のテレビ放映権料が他球団の経営をも支援してきた。今なおセ・リーグ各球団は毎年多額の収益を巨人戦の放映権料より得ている。このため、巨人戦の減少はそのままセ・リーグ他球団の経営を揺るがすことになり、2005年から始まったセ・パ交流戦が2007年度に試合数削減されたのはこうした事情によるセ球団からの強い要求もその一因と思われる。

巨人への戦力集中

このようにプロ野球全体が巨人に過度に依存して運営されてきた経緯から、巨人は球界において絶大な影響力を持っており、特に1990年代半ばからはFA制度やドラフト逆指名制度などを利用し、資金力とネームバリューを背景に球界の有力選手を独占的に自球団に集める強引とも言える補強策を取った。しかしながら、結果的にいわゆる「外様」が巨人のレギュラーの多くを占めるようになってしまったこと、またそのような補強策にもかかわらず、巨人の成績が奮わなかったことにより、その後巨人の人気低下および全国ネットにおけるプロ野球中継の視聴率低下を引き起こしたとも言われる。巨人戦の視聴率低下は、そのまま放送一回あたりの放映権料の低下、また地上波でのプロ野球中継回数そのものの低下に繋がるため、これまでこの収益に依存してきたセ・リーグ各球団にとっては大きな損失となる。また、巨人戦の放送枠を利用した地方局でのローカル放送の回数も減少するため、この枠で地域球団の試合を中継していたパ・リーグの地方球団にとっても巨人戦の視聴率低下は悪影響を及ぼしている。

球団の地域拡散とそれによる影響

2000年代に入って、上記までの経緯やプロ野球再編問題により切迫した危機感を抱いたパ・リーグ各球団は、球団の地域密着化を強く推し進めファンサービスを重視するようになった。また北海道(本拠地移転)と東北地方(本拠地新設)に新たにパ・リーグの球団本拠地が置かれ、球団本拠地のある地域は従来の関東地方東海地方近畿地方中国地方九州地方のほか、北海道東北地方に広がった。これにより以前であれば地域球団がないため巨人戦を放送していたテレビ局も地元球団の試合を放送するようになり、地域住民の関心も巨人から地元球団へと移っていった。

このような要因もあり1990年代後半以降現在に至るまで、巨人戦の視聴率は低下し続け、地上波での放送の減少(戦況に関係なく中継は2時間で打ち切り、2007年10月の改編後は一切中継しない)やCM収入の減少に歯止めがかかっていない。中には(主に巨人のフロントやOBの解説者、マスコミなど)「ここ数年巨人戦の視聴率が伸びないのは成績不振で優勝できないせい。巨人が勝てば視聴率が上がる」との意見もあったが、2006年4月は巨人が開幕ダッシュに成功し好調だったにもかかわらず巨人戦の月間平均視聴率が12.6%と、1989年にデータを取り始めてから最低の記録を更新し、勝っても数字が取れない深刻な人気低迷ぶりを露呈した。2007年シーズンでは日本テレビが巨人戦中継の大幅削減(衛星放送への移行)を決めるという事態となっており、これに伴う高額の放映権料見直しが、特にセ・リーグ球団の収益低下をもたらすのではないかという懸念がある。

セ・リーグ各球団は巨人戦中継による高額な放映権料頼みの収益構造から球場収入やグッズ販売等を中心とした収益構造への脱却を迫られている。このような状況の中で、巨人戦中継の視聴率低迷と時を同じくして阪神が長期の低迷から脱却し人気を回復した。これに伴いより多数の阪神ファンが全国の球場のスタンドを埋めるようになった。対巨人戦の収益的魅力が落ち、対阪神戦が新たなドル箱カードとして認識されつつあり、セ・リーグ内においても以前のような巨人の絶対的な影響力は影をひそめつつある。

メジャーリーグへの選手流出

1995年野茂英雄近鉄バファローズとの契約の縺れから、当時の野球協約の盲点を突いて「任意引退」という形でメジャーリーグロサンゼルス・ドジャースへと移籍した。大方の野球評論家達の冷ややかな見方とは裏腹に、野茂はメジャーリーグでセンセーショナルな活躍を見せた。

これに大きな危機感を抱いた日本側は野球協約を一部改定するとともにメジャーリーグ側と協議し新たにポスティングシステムを作った。野茂の成功はまた多くの日本人選手に夢と希望を与え、2000年代へ入るとイチロー新庄剛志松井秀喜城島健司松坂大輔黒田博樹福留孝介といった日本球界の看板選手達がポスティングシステムやフリーエージェント制度で次々にメジャーリーグの球団へと移籍していった。各球団にとってポスティングシステムによる多額の金銭補償や高額年俸選手の金銭的負担から解放されるというメリットは大きかったが、実力もあり球場に客も呼べて視聴率にも影響を及ぼすようなスター選手を次々に失うことは結果的に日本プロ野球全体の魅力を押し下げる要因となった。

特に当時、巨人の現役4番打者であった松井秀喜のニューヨーク・ヤンキースへの移籍は以前から予測はされていたものの、前述の巨人中心の構造から「巨人の4番打者=日本球界の4番打者」という位置付けがされていた為に多くの巨人ファンに衝撃を与えた。また特定の球団を応援しない野球ファンや野球に関心を持たなかった人々だけでなく、特定の球団を応援していた野球ファンにとってもメジャーリーグという新たな選択肢、比較対照を持てることとなり、それと同時に日本プロ野球全体のレベル、運営、ファンサービス等がメジャーリーグのそれと常に比較されうるという状況にもなった。

入場者数の発表

戦前から戦後初期はプロ野球の公式戦の入場者数は有料入場者の実数を発表していたが、1960年代後半に入ると東京六大学野球の運営にならい[要出典]、実数ではなく大まかな数値を発表するようになった。長らくこの慣例に従い大まかな数字、やがて球場の収容人員数を大きく上回る水増しされた数字の発表が行われてきたが、2004年の球界再編問題をきっかけに、より透明性のある経営体質を目指すとして2005年シーズンから各球団は有料入場者の実数、またはそれに近い数値を各試合ごとに発表することになった。なお、球団によって前売りや年間予約席の扱いなど算出方法に違いがあるため、球場間の厳密な比較はできない。

「飛ばない」ボールの採用

戦前・戦中の用具不足の時期を除いて、日本のプロ野球で使用される硬式球は比較的反発係数の高い飛ぶボールが使用されていた。 日本のプロ野球で使用するボールは日本野球機構の審査(重量、サイズ、反発係数などに細かい基準が設けられる)に合格したボールのみが使用されているが、2000年頃から各球団がミズノ(美津濃)スポーツ社製の「飛ぶボール」を採用しはじめた。

飛ぶボールの採用は、野球の華である本塁打の飛躍的な増加を生み出したが、その反面、大味な試合展開になりやすく、また打高投低の構造を生み出す要因となり、試合時間の短縮が叫ばれるなか、逆に試合時間の延長という弊害を生み出しているという批判が沸き起こったため、2005年から多くのチームが反発係数を抑えたいわゆる「飛ばないボール」を採用するようになった。

このことによって、打者、とりわけ本塁打を打つことを得意としている長距離打者にとっては飛距離が短縮するため、打撃力の低下を懸念する声があるが、その一方でボールの縫い目の糸がこれまでの麻糸から絹糸が加わったものに変わることで、投手陣の投球にも微妙な変化が現れ試合の質を高めるのではないかという期待もある。

また「飛ばないボール」という呼称について「今までのボールが異常に飛びすぎたのであってこれは『普通に飛ぶボール』だ」という意見があり、WEB上の新聞の記事の「飛ばないボール」という記述が「普通に飛ぶボール」と変更されたという出来事があった[要出典]

海外公式戦遠征

古くは日本運動協会と天勝野球団が1923年にソウルにてプロ球団同士の海外試合を行っている。

プロ野球リーグ戦開始後、初の公式戦海外遠征開催は1940年に行われた満州リーグ戦である。満州(現在の中華人民共和国・東北部)に参加全9チームが総遠征し、7-8月にかけての夏季リーグ戦(事前の練習試合・オープン戦含む)を開催した。翌1941年も開催する予定だったが日中戦争の戦局悪化の影響で取りやめとなった。

戦後は1961年5月20日に当時アメリカ占領下の沖縄奥武山野球場西鉄ライオンズ東映フライヤーズ戦で戦後初の海外遠征が開催された(1962年6月1314日にも阪急ブレーブス大毎オリオンズ戦が同じく沖縄遠征を実施)。

2002年5月1415日には台湾中華民国)の台北市福岡ダイエーホークスオリックス・ブルーウェーブ戦が開催された。

2005年にも韓国のソウルの蚕室(チャムシル)球場釜山社稷(サジク)球場千葉ロッテマリーンズ福岡ソフトバンクホークス戦が6月2829日に予定されていたが、ソウルの蚕室球場が韓国プロ野球LGツインズ斗山ベアーズの2球団が本拠地として使用していることから空き日がなく試合が不可能となり、代わりに仁川文鶴(ムナク)球場で試合することに決めたがこれも韓国プロ野球の人気低迷に伴い採算が取れないと判断し、同年3月9日に開催取りやめを発表した(実際はロッテの本拠地・千葉マリンスタジアムで開催)。

国際大会への配慮

東京オリンピック
  • 1964年、日本で戦後初めての近代オリンピックとなる東京オリンピックが開かれた。10月10日のオリンピックの開幕式までに日本シリーズ(この年は全部ナイターで開催)を含む全ての公式戦を消化するように日程の配慮が行われ、通常オープン戦が行われる3月中旬から公式戦を始めた。
  • しかし、日本シリーズの阪神vs南海戦は、当初9月29日開幕予定が、セ・リーグの優勝がなかなか決まらずに、阪神が優勝した翌日の10月1日に開幕。更に雨天中止が災って、最終戦の第7戦が東京五輪の開幕日の10月10日に行われる羽目になった。
シドニーオリンピック
2002 FIFAワールドカップ
  • 2002年6月2002 FIFAワールドカップが日本と韓国で行われ、日本野球機構もこの世界的スポーツ大会に協力しようと、サッカー日本代表のグループリーグ開催時を初めとした主要な試合の開催日にプロ野球公式戦開催を制限した。
  • 日本代表のグループリーグ開催日(4日、9日、14日)と準決勝(26日)、決勝戦(30日)の開催日については試合を一切組まなかった。また決勝ラウンド1回戦に当たる6月18日も試合数を制限した。
  • その他、決勝ラウンドに入った6月15日(阪神タイガース戦 会場:甲子園)と6月23-25日(広島東洋カープ戦 会場:札幌ドーム)の読売ジャイアンツ戦は、日テレがそれぞれ放送権を持っていたが、同じ日テレ系で行われたW杯テレビ中継(6月15日:1回戦、6月25日:準決勝各々1試合ずつ)との日程調整の関係で前者は17時からの薄暮(準デーゲーム)、後者は14時からのデーゲームとして施行した。更に6月11日開催予定だったヤクルトスワローズ戦(会場:東京ドーム)もやはり日テレ系で予選リーグの試合の中継が行われるという理由で開催を10月に延期した。(詳細はPRIDE&SPIRIT 日本プロ野球・2004年以前の出来事を参照の事)
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