
| 総武本線 | |
|---|---|
| 路線総延長 | 120.5 km |
| 軌間 | 1067 mm |
| 電圧 | 1500 V (直流) |
総武本線(そうぶほんせん)は東京都千代田区の東京駅から千葉県銚子市の銚子駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(幹線)である。このほか、東京都墨田区の錦糸町駅で分岐して御茶ノ水駅に至る支線、並びに新小岩駅(新小岩操駅)から分岐して金町駅および越中島貨物駅に至る貨物支線をもつ。
千葉駅以西の電車特定区間内においては緩行線が御茶ノ水駅から中央緩行線と、快速線が東京駅から横須賀線とそれぞれ直通運転を行っている。千葉駅以西は総武線と呼ばれることが多く、総武本線というと千葉駅以東の区間を指す場合が多い(詳細は運行形態を参照)。
なお、『鉄道要覧』やJRの事業基本計画上は錦糸町 - 御茶ノ水となっているが、東京 - 錦糸町間開業以前の起点の御茶ノ水駅には現在も0キロポストが存在する。
目次 |
東日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者)
日本貨物鉄道(第二種鉄道事業者)
1872年(明治5年)に日本最初の鉄道が新橋-横浜間に開通した後の1877年(明治10年)代になると日本鉄道会社が上野-高崎間に民間鉄道を開通して良好な営業成績を上げると、全国的に民営鉄道の建設のブームとなった。千葉県内でも、1877年(明治10年)代末に鉄道敷設の運動が高まったが、資金の問題から馬車鉄道の計画が多く、汽車による計画は20年まで公にされなかった。1887年(明治20年)11月に佐原の伊能権之丞らが発起した武総鉄道会社と、成東の安井理民らが発起した総州鉄道会社が相次いで創立の申請を行ったが、当時は従来からの水上交通の実績に対する評価が高く、利根運河の開削も決まったばかりだったため、千葉県知事・船越衛に鉄道は不要と建設許可を受けることができなかった。この経験から競願の不利益さを悟った両社の発起人は合併を協議し、1889年(明治22年)1月に総武鉄道株式会社を創立、利根運河との競合を避け、陸軍の支持が得られるように国府台、津田沼、佐倉等の軍営所在地を通るルートが採用され申請した。
総武鉄道は、1894年(明治27年)7月に市川 - 佐倉間を開業した。会社名称は上総国(かずさのくに)・下総国(しもうさのくに)と武蔵国を結ぶことから名づけられた。明治27年7月に市川-佐倉間が開通、同年12月には江戸川を越えて本所(現在の錦糸町)に達した。1897年(明治30年)5月に成東、同年6月には銚子まで延伸され全線が開通し、佐倉駅で成田鉄道との連絡も実現する。1904年(明治37年)路線は、両国橋(現在の両国)まで延伸され、ここを都心側のターミナルとされた。両国橋駅を利用する旅客は開業済みの路面電車に乗り継いだ。なお、この当時は貨物扱いも両国で行い、ここから隅田川などの舟運を利用して物資が東京市内へと運ばれた。
1907年(明治40年)、鉄道国有法により買収・国有化され、官設鉄道の総武本線となった。
鉄道開業により、総武本線の沿線には住宅地の拡大が両国から徐々に東側へ向けて始まった。また、1912年(大正元年)に最初の区間が開業した京成電鉄とは東京 - 船橋 - 千葉の都市間輸送で競合するようになり、東海道本線からは少し遅れたが総武本線の近代化に向けた取り組みが始まった。ただし、1923年(大正12年)9月1日には関東大震災で両国周辺で多数の犠牲者が出る惨事も起きた。復興計画が立てられる中、1926年(大正15年)には常磐線と連絡する貨物支線(新金線)、1929年(昭和4年)には東京湾岸に近い小名木川駅への支線(後の越中島支線)が開業し、旅客と貨物の分離が進められた。
1932年(昭和7年)には、御茶ノ水 - 両国間が延伸され、同区間で電車の運転を開始した。これにより、総武本線は東京都心部で他の国鉄線と連絡するようになった。以降、1933年(昭和8年)3月に市川まで、同年9月には船橋まで電化区間が延長され、中央線中野まで緩行電車として直通運転を実施するようになった。1935年(昭和10年)には、千葉までの電化が完成した。以後、総武本線は千葉を境に、住宅地が広がる地域で近郊型電車が頻繁に運転される御茶ノ水方(西側)と、農村や漁村を蒸気機関車牽引の客車列車が結ぶ銚子方(東側)に性格が二分された。
第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)3月10日、沿線で米軍による無差別爆撃、東京大空襲が実行され、一夜にして約10万人が死亡し、両国・錦糸町・亀戸などの各駅には多くの被災者が避難した。また、アメリカ軍が九十九里浜に上陸する日本侵攻作戦が予測され、日本軍は本土決戦に備えた決号作戦により総武本線で大量の軍事輸送を行ったが、同年8月15日に日本はポツダム宣言受諾を発表し、沿線での大規模戦闘は回避された。
戦後、被災地域の復興や高度経済成長による東京都市圏の人口急増により、千葉以西が複線電化、千葉以東が単線非電化という総武本線の輸送事情は逼迫した。そのため、新たに発足した日本国有鉄道(国鉄)は1964年(昭和39年)に決定した通勤五方面作戦の重要な一部として総武本線の輸送力増強に着手した。その中核として、国鉄初の本格的な都市内地下鉄道になる東京 - 錦糸町間の新線建設を含む東京 - 千葉間の快速線建設が決定され、1972年(昭和47年)に東京 - 錦糸町 - 津田沼間が開業した。これにより起点が御茶ノ水から東京に変更され、新設された東京駅の地下ホームからは新たに設定された房総方面への特別急行列車が発着した。一方、総武鉄道時代から東京と千葉以東を結ぶターミナルとなっていた両国駅は、急行列車の発着は残されたものの、その重要性が大きく低下した。その後、1980年には横須賀線との直通運転(SM分離)が開始され、1981年には千葉まで複々線区間が延長されて、当初の計画は完成した。これにより、国鉄による輸送は高速化され、国鉄は東京 - 船橋・千葉の都市間輸送で京成電鉄より優位に立った。また、1969年には営団地下鉄(現在の東京地下鉄)東西線が西船橋 - 津田沼間に乗り入れ、特に通勤輸送で総武本線(中央・総武緩行線)の負担を大きく軽減していた。
一方、千葉以東の近代化も徐々に進み、通勤路線としての性格が強まった。1968年(昭和43年)に佐倉(成田線の成田)まで電化、1974年(昭和49年)には銚子までの電化が完成し、東京からの直通電車特急「しおさい」の運行が開始された。さらに、紆余曲折を経て1978年(昭和53年)に新東京国際空港(現在の成田国際空港)が開港すると、総武本線と成田線は京成電鉄を補完する鉄道アクセスルートとなった。
このような状況で1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化を迎え、総武本線は施設保有と旅客輸送がJR東日本、貨物輸送がJR貨物へ承継された。ただし、銚子漁港からの鮮魚・醤油輸送がトラックに切り替えられて銚子 - 新生の貨物線が廃止されたように、総武本線での貨物輸送量は減少していた。
また、総武本線の大部分を管轄する国鉄千葉鉄道管理局(民営化後はJR東日本千葉支社)では分割民営化に反対する国鉄千葉動力車労働組合(千葉動労)の勢力が強く、1985年11月29日に同労組が実施した分割民営化反対ストライキの際にはこれを支持する革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)により国電同時多発ゲリラ事件が発生した。特に浅草橋駅は国鉄職員を含む約120人の同派グループにより破壊・放火された。分割民営化後も千葉動労はJR東日本との対決を続け、特に千葉以東では同労組のストライキによる列車運行の停止が毎年起こった。
総武本線を受け継いだJR東日本は総武本線の改良を続け、新型ATSの設置を進めた。また、当初は貨物線で計画していた京葉線を旅客営業兼用に転換し、国鉄末期の1986年(昭和61年)の第1期区間開業に続いて1990年(平成2年)に東京駅乗り入れを実現させた。内房線・外房線直通列車は定期特急の大半と快速の一部が総武本線(快速線)から京葉線に移行し、乗客の転移もあって、総武本線(快速線)の過密緩和に役立った。
1991年(平成3年)には成田新幹線の施設を転用した成田空港旅客ターミナルへの鉄道乗り入れが実現し、総武本線(および成田線)では空港連絡特急「成田エクスプレス」の運行が始まって、アクセス路線としての重要性を増した。ただし、1985年以降の東関東自動車道の延伸により、高速バス(かしま号、犬吠号、利根ライナー号、あそう号)の運行が拡大されると、「しおさい」などの「成田エクスプレス」以外の特急列車は本数削減や一部区間の普通列車化が行われ、総武本線(および成田線・鹿島線)は東京と千葉県北東部・茨城県南東部を結ぶ都市間輸送で劣勢に立っていることが明確となった。
2000年(平成12年)の運輸政策審議会答申では、2015年までに整備すべき路線として新浦安(京葉線) - 船橋 - 津田沼間の新線建設(船橋 - 津田沼間は3複線化)が提唱された。千葉方面からの総武本線の列車は津田沼から新線に乗り入れ、新浦安から京葉線経由で東京駅へ、あるいはこれも2015年を整備目標とする新宿・三鷹方面への延伸線に向かうことが想定されている。また、新木場 - 新浦安間の建設(複々線化)と新木場からの東京臨海高速鉄道(りんかい線)乗り入れも明記されたが、運営会社のJR東日本はこの建設計画についてまだ正式な発表を行っていない。
なお、総武快速線(東京 - 千葉間)の詳細については、総武快速線の沿革を参照されたい。
総武本線は、運転系統から主に3系統に分かれる。
中央線と中央本線の区別のように、総武快速線、総武緩行線は単に「総武線」と呼ばれることが多く、「総武本線」というと、上記3.の区間(千葉以東)を指すことが多い。現実には一般的に「総武線」が(三鷹 - )御茶ノ水 - 千葉(東京方面は総武快速線と呼ばれることが多い)、「総武本線」と呼ばれる場合は特急列車は全線、ローカル列車は千葉 - 成東・八日市場経由 - 銚子(行先表示は銚子あるいは千葉(八日市場回り))となるケースが多く、そのため千葉以遠のローカル列車ではほとんどの車掌が「総武線」ではなく「総武本線」と放送し、この区間の113系・211系の前面表示も路線名は「総武本線」になっている(関東地区では原則として「○○本線」と呼ぶことはない。そのため同じ211系でも他線では「東北線」や「信越線」と表示されている)。また、各駅の運行情報掲示板でも「総武本線=千葉以東」という意味で扱っている(千葉以東で運転見合わせでも千葉以西緩行線は通常通り運転していることがある)。なお、総武線(総武緩行線)と呼ぶ場合、中央線への乗り入れ区間も含めた三鷹 - 中野 - 新宿 - 御茶ノ水 - 船橋 - 千葉を指すことがある。
以下では千葉以東の総武本線についてのみ記述する(千葉以西に関しては、総武快速線及び中央・総武緩行線を参照されたい)。
千葉以東では普通・快速・通勤快速の3種別が存在する。普通列車は旭 - 銚子間と成田 - 銚子間の区間列車を除きすべて千葉駅に乗り入れるが、一部区間で普通列車となる特急列車を除き千葉以西へは乗り入れない。逆に快速・通勤快速列車はすべて千葉以西で快速線に乗り入れる(初詣臨時列車を除く)。快速・通勤快速列車は佐倉から成田・成田空港へ向かうものか、佐倉止まりがほとんどで、佐倉以東当線を走行するものは、朝の成東発上り1本と、夜間の成田・成東行きとその折り返し(どちらも佐倉 - 成東間普通列車)があるのみ。
なお、千葉 - 佐倉間および松岸 - 銚子間は、成田線に向かう列車も乗り入れている。
日中は次のような列車がおよそ1時間当たり各1本ずつ運行される。
総武本線を走行する優等列車は以下のとおり。
以下は朝(東京・新宿方面行き)・夜(千葉・銚子方面行き)のみ運転。
成田エクスプレスが運行開始するまでは、外房線直通のわかしおや内房線直通のさざなみも総武本線(総武快速線)経由で運転されていた。
この区間の営業キロ・停車駅・接続路線などの詳細については次の各運転系統の記事を参照。
| 駅名 | 駅間営業キロ | 東京 からの営業キロ |
快速 | 通勤快速 | 接続路線 | 単線/複線 | 所在地 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 千葉駅 | - | 39.2 | ● | ● | 東日本旅客鉄道:総武線(快速)(東京方面:直通あり)・総武線(各駅停車)・外房線・内房線* 千葉都市モノレール:1号線・2号線 京成電鉄:千葉線(京成千葉駅) |
∥ | 千葉市中央区 |
| 東千葉駅 | 0.9 | 40.1 | | | | | ∥ | ||
| 都賀駅 | 3.3 | 43.4 | ● | ● | 千葉都市モノレール:2号線 | ∥ | 千葉市若葉区 |
| 四街道駅 | 3.5 | 46.9 | ● | ● | ∥ | 四街道市 | |
| 物井駅 | 4.2 | 51.1 | ● | | | ∥ | ||
| 佐倉駅 | 4.2 | 55.3 | ● | ● | 東日本旅客鉄道:成田線(全列車千葉駅方面乗り入れ) | ∨ | 佐倉市 |
| 南酒々井駅 | 4.0 | 59.3 | | | | | 印旛郡酒々井町 | ||
| 榎戸駅 | 2.9 | 62.2 | | | | | 八街市 | ||
| 八街駅 | 3.7 | 65.9 | ● | | | |||
| 日向駅 | 5.8 | 71.7 | | | | | 山武市 | ||
| 成東駅 | 5.2 | 76.9 | ● | 東日本旅客鉄道:東金線 | | | ||
| 松尾駅 | 5.6 | 82.5 | | | ||||
| 横芝駅 | 4.3 | 86.8 | | | 山武郡横芝光町 | |||
| 飯倉駅 | 3.8 | 90.6 | ◆ | 匝瑳市 | |||
| 八日市場駅 | 3.1 | 93.7 | | | ||||
| 干潟駅 | 5.1 | 98.8 | | | 旭市 | |||
| 旭駅 | 4.8 | 103.6 | | | ||||
| 飯岡駅 | 2.7 | 106.3 | | | ||||
| 倉橋駅 | 2.9 | 109.2 | ◆ | ||||
| 猿田駅 | 2.6 | 111.8 | | | 銚子市 | |||
| 松岸駅 | 5.5 | 117.3 | 東日本旅客鉄道:成田線(全列車銚子駅へ乗り入れ) | | | |||
| 銚子駅 | 3.2 | 120.5 | 銚子電気鉄道:銚子電気鉄道線 | ∧ |
(貨)は貨物専用駅を表す。
| 駅名 | 営業キロ | 接続路線 | 所在地 |
|---|---|---|---|
| 小岩駅 | 0.0 | 東日本旅客鉄道:総武本線(本線) | 東京都江戸川区 |
| (貨)新小岩操駅 | 2.3 | 東京都葛飾区 | |
| 金町駅 | 8.9 | 東日本旅客鉄道:常磐線 |
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